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2016年10月20日

Mr.ラグビー逝く

ミスターラグビーと呼ばれ日本代表監督も務めた
平尾誠二氏が癌のため亡くなった。

伏見工業高校時代、泣き虫先生こと山口良治監督の下、全国制覇。
TVドラマのスクールウォーズのモデルにもなった。
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私の母校同志社大学では、SOで司令塔として活躍。
大学ラグビー史上初の3連覇を達成。
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3連覇の試合、慶應大学戦を私は新幹線羽島の駅で見ていた。
危うく逆転か?と思われた慶應のトライ前のパスがスローフォワード
と判定され、辛くも逃げ切り。

神戸製鋼所に入社後は、社会人ラグビー7連覇を達成。
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主将として臨んだ最後の年、3連覇目の三洋電機戦(現パナソニック)、
敗色濃厚、絶体絶命のロスタイム、
味方からの難しいワンバウンドのパスをことなげに拾うと
ウィング、快速ウィリアムスへラストパス、トライ、同点。
トライ後、フルバック細川のコンバージョンキックが決まり逆転ノーサイド。
あの一連のラストパスまでの彼のプレイは忘れられない。

大学ラグビー3連覇の後の日本選手権の相手は
選手権6連覇中、天才松尾雄治率いる新日鉄釜石。

当時、平尾・大八木率いる大学王者同志社が、
久々に社会人を破るのではないかとの下馬評。

愛媛にいた私は、選手権前日に上洛。
清水寺近くの学生時代のバイト先の先輩宅で徹夜麻雀。
翌日上京し、試合開始1時間前に国立競技場に着く。
チケット売り場へ行くと「満員札止め」sold out。
「は、わざわざ愛媛から上京して、試合が見れない?」
あきらめてとぼとぼ新宿を歩いていると電気屋さん。

表に置いてあったTVには同志社の紺グレのジャージが。
私は思わず、一番安いシェーバーを買った。
そして、店員さんに訳を話した。
すると店員さん、同情してくれたのか
「寒いですから、中に入って奥のTVを見てください。
イスもありますからどうぞ」

私はそれから約90分、電気屋さんの奥の
ストーブの前でゆっくりとイスに座りTV観戦をした。
そんな思い出がある。

とにかくカッコ良かった。
ひげも似合っていた。
モデルのようだった。

53歳、あまりに若すぎる。
せめて3年後のラグビーワールドカップ日本大会まで・・・。

合掌



posted by scarecrow at 21:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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