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2021年01月12日

鬼滅の刃「無限列車編」

「鬼滅の刃」って、今月まで知らなかった。
日本だけでなく、他の国でもブームになっているらしい。
映画は邦画の歴代興行収入1位だとか。

生徒との話に乗り遅れてはいけないと、
事務長と各務ヶ原へ行ってきた。

話が全く見えてない状況で、いきなり列車の座席で
「うまい!」
の連発。
なんだこいつは?
鬼殺隊の柱「煉獄杏寿郎」とか。
さっぱりわからぬ。
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見ているとだんだんとわかってきた。
映画を見た人が涙する場面とはどこだ?
と思いながら、見ていると魘夢が煉獄にやられる。

あれ、これで映画は終わりなのか?
と思う間もなく「上玄の参」とか、えらく強いやつが現れた。
その名も「猗窩座」
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こいつがめっぽう強い。
切られてもすぐに再生してしまう。
そして煉獄に「鬼として生きないかと」誘う。
「人の寿命は短い、しかし鬼としてなら二百年でも生きられる」と。
しかし煉獄は断る。
「老いることも死ぬことも人間という儚い生き物の美しさだ」

実にかっこいい。

ならば、と戦いは続く。
そして煉獄と猗窩座の技の掛け合いで土煙が収まった時、
猗窩座の腕が煉獄の腹部を貫通していた。

再度猗窩座は叫ぶ
「死んでしまうぞ杏寿郎、鬼になるといえ!」

刹那、杏寿郎は幼き日の母と会話を思い出す。

「お前は選ばれし強き者は弱きものなのだ。」

 なぜ杏寿郎が人よりも強く生まれたのか?
 弱い人を助けるため。
 生まれつき才に恵まれたものは、その力を
 世のため人のために使わなくてはならない。
 天から賜った力で人を傷つけたり、私腹を肥やすことは許されない。
 弱い人を助けることは強く生まれた人の責務である。

と母は言った。
そしてそれを伝えた母は亡くなる。

それを思い出した煉獄は夜明けが近いのを察知して
猗窩座の腕を取り、腹部を貫通しているもう一方の腕も
抜けないようにする。
しかし猗窩座は自分の腕を切断して、林に逃げ込む。

戦いは終わった。
満身創痍で死を覚悟した煉獄は炭治郎に話す。
「俺は信じる、君たちを信じる」

死の間際、母の姿が浮かび上がる。
「俺はちゃんとやれただろうか、
 やるべきこと、果たすべきことは全うできましたか?」
母は微笑んで答える。
「立派にできましたよ」
その言葉を聞いて杏寿郎は笑顔で息を引き取る。

ここだな涙の場面は。

なんとなくわかる。
これは日本人だから受けるんだな。

何のために生まれてきたのか?
才ある者はどう生きるべきなのか?
滅私、他利、感謝。

霞が関の住人に、そして口だけで国民のためにならない
赤じゅうたんを踏んで偉そうにしている輩に聞かせたいね。

それとこれが受けるのは、めっぽ強い鬼は単独で戦うが
人間はチームでそれに対抗する、組織ってか?
それも日本人に受けるものの一つであろう。

31年ぶりに事務長と二人で見た映画が「鬼滅の刃」でした。






posted by scarecrow at 16:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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